狂言師野村万禄師特別インタビュー
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インタビューアー 清永泰之
清永泰之氏






狂言師野村万禄師

狂言は世相を映す芸能
野村万禄師 よく海外公演にも参加されているそうですね。

野村 狂言団の一員として16歳のとき、初めて中国で公演したのですが、以来、団長のとしての大役を務めた昨年のカメルーン、パリ公演を含めると海外公演は30数カ国にのぼります。最近は特に多くなりました。「狂言を観たい」という声も世界中から寄せられているそうです。なぜでしょう。食文化をはじめとするジャポニズムが、世界中でブームになっていることも理由のひとつですが、今の世の中は世界中が閉塞感に満ちている気がしませんか。狂言はそういった気持ちを発散できる場ではないかと思うのです。太郎冠者を笑い飛ばすことで日ごろのうっぷんを晴らし、明日からの元気をもらったような気分になる。つまり、国境を越え、人種を超えて、時代にマッチする芸能なのかもしれませんね。

 一口に海外公演といっても、たとえば一人で行って大道芸のように演じるものから、国際交流基金や国の援助を受けた文化使節団まで条件や内容はピンキリです。後者の場合は訪問国にある大使館や日本人会などの人々がスタッフになり、公演会場の手配から広報などをきちんとサポートしてくれますので、私たちは演じることだけに専念すればいいわけです。
でも一番印象に残っているのは、22歳のころに参加したミラノ公演なんですよ。大道芸に近い手打ち興行でした。小さな劇場を一ヶ月借り切って、自分たちで舞台に木の枠組みをとり、客席にパイプ椅子を並べたり、照明、大道具の用意、「観客が入ってくれるのかなぁ」なんて心配も尽きません。街中の安ホテルに泊まって、夜中にキャンプ用ガスコンロで自炊したりして苦労はしましたが、今となってはいい思い出です。
喜怒哀楽は世界万国共通
外国の人たちはどのような反応をされますか。

野村 海外公演では、狂言を楽しんでもらうというよりは、とにかく日本の古典芸能のひとつを紹介し、知ってもらうということに力を注ぎます。規模が大きな文化使節団の公演になると舞台の掲示板に文字スーパーが流れますが、オペレーターや通訳の力次第では会場の笑いが微妙にずれたりして、アレって思うこともしばしばです(笑)。私は言葉が通じにくいことなどをあまり意識しません。わかりやすくとか、誇張して演じなければ、などと考えないで、日本で日ごろ演じているのと同じような自然体を心がけています。いずれの海外公演は、一部理解できない言葉があったにしても、観客の皆様に狂言のおもしろさはわかってもらえたと思います。それは狂言が人類共通の本質を楽しく明るく、滑稽に演じているので、その点が外国の人々にも十分通じたのでしょう。

 最近は狂言を習っている外国人も少なくありません。カメルーン公演も、私が大学のワークショップで教えた留学生の尽力で実現したのです。昨年はローマ大学の学生たちによる狂言一座が来日し、福岡から東京までほぼ完璧な日本語による日本縦断公演を催して話題になりました。若い観客層へのアピールのためにも、こうした交流や文化の相互理解というのはとてもだいじなことですね。

型や様式の美を伝える
教育の場でも演じられることが多くなっているそうですが。

野村 狂言が小中学校の教科書に載っていることもあって、学校や地方の舞台での公演は活発に行われています。私自身、昨日は熊本県の八千代座、明日は長崎県の島原‥と九州各県を飛び回っています。大変だと思われるでしょうが、私の楽しみのひとつなのです。今後も古典芸能教育と狂言の普及のために、また舞台活動の一環としてずっと続けていきたいと思います。

 現代っ子たちは外国人と同じように正座ができない、指を折って腰をかがめるという動作も苦手です。しかし狂言の動作は我慢や忍耐から生まれた日本的な「型」の集積で成り立っているものですから、基本から説明し、教え込まないといけないわけです。歩くことひとつをとっても、日常的動作を離れて動きの美を生み出し、せりふはイントネーションとリズムを心地よく響かせなくてはなりません。洋式化された暮らしに慣れた子供たちにはなかなか困難ですが、稽古を重ねるうちにマスターし、演じる充実感を得られると思います。それがやがては楽しみとなり、それぞれの役柄を豊かに表現できるようになるはずです。たとえわずかの期間でもそのような経験を積んでおけば、その後の人生もきっと豊かなものになるのではないでしょうか。
野村万禄師
野村万禄師
野村万禄

1966年東京生まれ。
東京藝術大学邦楽科能楽専攻卒業。
96年、福岡市にけいこ場を構える。
2000年、万蔵家の別家である万禄家を50年ぶりに再興し、二世万禄を襲名。重要無形文化財総合指定保持者。
同市在住。